インタビュー

子どもと過ごせる短い時間を大自然の中で過ごしたい

富士見で生まれ育ちましたが、大学が首都圏に決まり富士見町から上京しました。大学卒業後も富士見町には戻らず東京でWeb開発の会社に就職し、都会で生活していました。Web開発の仕事は好きでしたし、東京の生活は便利で楽しいものでした。ただ、東京の生活は仕事や、環境条件が合うから住んでいるだけで、心から住みたいというわけではありませんでした。やはり、富士見には「いつか」は戻りたいと思っていました。ただ、戻る理由もないことから、もっと先のことと考えながら東京で過ごしていました。

富士見に戻ろうと思ったキッカケは、子どもが生まれて終電で帰る生活を送っていたある日のことでした。いつものように終電近くで家に帰り、寝ている子どもに「今日も遅く帰ってきてごめんね。」とつぶやいた時、自分自身に嘘をついていることに気付いたのです。勤めていた会社の出勤時間は自己裁量で決めることができたので、もし、本当に子どもと過ごすために早く家に帰りたかったら、昼食の時間を短くするなどして、早く帰ることも可能な環境があったのに、自分はそういった努力は出来ていない。自分の意志と関係なく、日々過ごしている時間に流されているだけだと思ったのです。

妻の「子どもと一緒に過ごせる時間は、10数年しかない。」という言葉にも、はっとしていました。子どもと過ごす短い時間の中で、どんなふうに過ごしたいか?子どもをどんな環境で育てたいか?を考えた時、自分が生まれ育った富士見の自然の中で育てたいという気持ちになりました。妻も、以前から農業をやりたいと話をしていたので、富士見に戻ることに賛成をしてくれました。

子どもと過ごすことを中心にした暮らしと時間

地方に移り住むのは、その土地の文化の中で暮らし、実現したいライフスタイルに取り掛かることを意味しています。その土地にある文化の中で、自分の過ごしたい生活や暮らしを自分たちの力で具体化していくことができます。ただし、それは自分がどんな風に過ごしたいかを決めて行動してはじめて実現できるのです。移住はスタートラインに立ったことを意味するだけです。

私の富士見での生活は、自分の思い描いた通り、子どもと過ごすことを生活の最優先にしています。朝ご飯と夜ご飯は、毎日家族と一緒に食べることができるのはとても幸せです。また、料理で使う野菜のほとんどが、妻が畑で育てたもので、自分たちで育てた野菜を食べ、元気に過ごす。移住をするまえに思い描いていた暮らしを実現しています。そういった生活を送ることが出来て体調も良くなりストレスもなくなりました。

地方にはユニークなネタが沢山ある

私は都心にいた時から、Webの仕事をやっていたので、富士見に戻った時から地方の情報発信の仕事をしていきたいと考えていました。現在の仕事も、地方の企業や自治体へのコンサルティングを行っています。地方はインターネットを使いきれていませんし、インターネットを活かしていくことで地方の可能性を引き出すことが出来ると考えています。
これからも、そういったサポートが出来ればと考えています。

仕事や生活をする中で感じることは、地方にはユニークなネタが豊富にあることです。そのネタを探していけるのは、地方で暮らす楽しさの一つです。また、そういったネタは今まで東京の人に伝えることが出来ませんでしたが、最近はSNSで文章だけでなく写真も発信できるようになり、地方のネタをみんなに見てもらえるようになりました。近年移住してくる人は以前よりネットの親和性が高い若い人が多く集まってきている印象があります。
そういった内容に興味がある都会暮らしの方も多いと思います。ただし、そのネタが売れるかどうかは別の話で、活かし方はその人次第といったものが多いのではないでしょうか。

Profile

雨宮 伊織

株式会社ビーチュー代表取締役。富士見町出身。大学進学とともに富士見町を離れる。東京のWeb制作会社にてWebディレクターとして勤務後、 2009年春、家族とともにUターンし、Webコンサルティングの仕事を行う。

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